一章・遣唐使船 1―1

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「僕は、袁晋卿」笑みを浮かべ、「日本までよろしく」  と日本人のことを思って、いつの日か真備に教えてもらった日本の言葉、和語で話しかけた。 だが、あまり慣れていないため、ぎこちない話し方になっていた。  すると、普照が袁晋卿を睨んだ。悲しさと、憎しみが入り交じった瞳だった。 「唐の人間と話すことなど、ない」 日本人である普照が、唐の言葉、漢語を綺麗な発音で言った。  真備の手を、するりと抜けると、まるで猫のように姿を消した。 「なっ」袁晋卿は、あまりの出来事に、声が震えた。「何ですかあれはっ」 「何って、普照だよ」  冷静な真備であったが、袁晋卿は怒り、叫んだ。 「あんなの、話し相手なんて無理です」 「まあ、許してやってくれ。普照はな、唐に来て、友を亡くしているんだ」 「友を、亡くしている」 驚いて、袁晋卿は繰り返した。  真備は頷いて、「初めて見たときは、からだつきも良て、人なつっこかった。しかし、数年が経って再び目にすると、あのようにまるで別人になっていた。なにかあったのかと訊いてみると、一緒に唐へ来た友を亡くした、と言っていた」  袁晋卿は、さきほどの普照の鋭い目つきを思い出した。ただ、友を失った悲しみだけの目ではなかった。深く、何かを憎んでいる、怨念がこもっていた。 「もしかして、真備さまは、あの僧――普照に、友の死を忘れさせるため、話し相手になれと……」 「まあ、そういうことだ」  袁晋卿は、理解はしていたが、やはり普照の態度が気に入らず、足が動かなかった。  そうやっていつまでも、うじうじしていると、 「いいからさっさと行け」 真備が声を張り上げて、腰に差してある節刀を抜いた。 「わ、わかりましたから、刀で脅すのは止めてください」 仕方なく、足を普照のいる船首へ向けた。 「ったく、誰なの。あの人を遣唐使の副使に任命したのっ」
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