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「僕は、袁晋卿」笑みを浮かべ、「日本までよろしく」
と日本人のことを思って、いつの日か真備に教えてもらった日本の言葉、和語で話しかけた。
だが、あまり慣れていないため、ぎこちない話し方になっていた。
すると、普照が袁晋卿を睨んだ。悲しさと、憎しみが入り交じった瞳だった。
「唐の人間と話すことなど、ない」
日本人である普照が、唐の言葉、漢語を綺麗な発音で言った。
真備の手を、するりと抜けると、まるで猫のように姿を消した。
「なっ」袁晋卿は、あまりの出来事に、声が震えた。「何ですかあれはっ」
「何って、普照だよ」
冷静な真備であったが、袁晋卿は怒り、叫んだ。
「あんなの、話し相手なんて無理です」
「まあ、許してやってくれ。普照はな、唐に来て、友を亡くしているんだ」
「友を、亡くしている」
驚いて、袁晋卿は繰り返した。
真備は頷いて、「初めて見たときは、からだつきも良て、人なつっこかった。しかし、数年が経って再び目にすると、あのようにまるで別人になっていた。なにかあったのかと訊いてみると、一緒に唐へ来た友を亡くした、と言っていた」
袁晋卿は、さきほどの普照の鋭い目つきを思い出した。ただ、友を失った悲しみだけの目ではなかった。深く、何かを憎んでいる、怨念がこもっていた。
「もしかして、真備さまは、あの僧――普照に、友の死を忘れさせるため、話し相手になれと……」
「まあ、そういうことだ」
袁晋卿は、理解はしていたが、やはり普照の態度が気に入らず、足が動かなかった。
そうやっていつまでも、うじうじしていると、
「いいからさっさと行け」
真備が声を張り上げて、腰に差してある節刀を抜いた。
「わ、わかりましたから、刀で脅すのは止めてください」
仕方なく、足を普照のいる船首へ向けた。
「ったく、誰なの。あの人を遣唐使の副使に任命したのっ」
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