一章・遣唐使船 1―1

5/5

8人が本棚に入れています
本棚に追加
/111ページ
「何の用だ。唐の学生」  仏頂面の普照は、袁晋卿を見て、低い声で言った。 「用はないけど、真備さまが、どうしてもお前の面倒をしろ、て言うから、来てやったんだ」 普照を前にして、袁晋卿は親切態度を忘れて答えた。 「お前が、友を亡くして、寂しがっていると思ってな」 「…………おまえ」普照が鋭い眼光で睨んだ。「和語、下手くそだな。漢語で話してくれた方がわかりやすい」 「な、なんだとおっ」  袁晋卿が、顔を紅潮させて叫んだ。だが、普照は、そんな袁晋卿にかまうことなく、またどこかへ移動を始めた。  それ以来、袁晋卿は、普照とは顔を合わせぬよう思ったが、皮肉にも、狭い船にいる二人はたびたび顔を合わせた。 「ち、変なものが目に入った」 「なら、さっさと俺の前から消えろ。唐の学生は、建物にこもって机でもかじってろ」 「なんだと、てめぇ」  そんな会話が毎日続いた。
/111ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加