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私が宛もなく歩いて辿り着いたのは丘の上。ただぼーっと町を見下ろし、深く呼吸する。ここだけは澄んだ空気が流れているような、そんな感じがする一方で足元に広がる地に点々と灯る灯が妙に眩しかった。
すると一本のポプラの木の後ろから美しい音色が響いているのに気付いた。この音色は恐らくヴァイオリン。弾き手はプロの奏者なのだろうか、確かな技術が織り成す調べは美しかった。
なぜ気付かなかったのだろう。
木陰からその旋律のする方へ顔を向けると、弾き手の男は整った顔立ちをしていた。赤みがかった茶色い髪に切れ長の吸い込まれそうな紫色の瞳。コワもて系とはこのような男を指すのだろうか。いつだったかテレビで見たヴィジュアル系ロックバンドのような服装をしている男は私に気付いたのか演奏を止めた。
「あの……演奏……凄かったです」
「……」
男は口を開こうとしない。ただ私を見つめている。正直鋭い目付きのせいか怖い。
「あの……もしかして邪魔しましたか?」
「……」
男は首を横に振った。無表情ということもあってかやはり恐怖感が抜けない。
「そう……ですか」
「お前の名前は?」
「え?」
突然の問いに私は困惑した。なぜ名前を問われなければならないのだろうか。
迷いが解決する前に再び彼の色素の薄い唇が開いた。
「これは任務だ。お前がもし俺の探している奴ならば連れて行かねばならないし、そうでなければお前を殺す」
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