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「おーい、前園くん? 大丈夫なの? ほんとにどうかしちゃったみたいだよ」
と理恵にそう言われ、竜也は自身の深層意識から、ふっと戻ってくるのであった。
理恵は、きょとんとしていた。智美は、隣にいる理恵をつついて、
「理恵ちゃん失礼だよ、そんなこと言ったら……」
と、小声で言ったような、言わなかったような。
「あ、ちょっと……。いや、何でもないよ。大丈夫だからさ」
「楽しみじゃないのかい?」
「え?」
理恵は笑いながら、言うのだった。
「そりゃ猿山ほどじゃないけどさ、私は少しは楽しみにしてるんだよ? 二泊三日の校外学習合宿は」
猿山の騒ぐ理由がそれだった。それは、鶴北の一年生のみの宿泊行事であった。
自然と触れ合い、生徒達の更なる思想と教養を高める、というのが名目の校外学習合宿。
ぶっちゃけ言えば、クラス皆でお泊まり会、みたいなものなので、大半の生徒が楽しみにしているのだった。
「うん、そうだよね……」
そんな大半から溢れた竜也は、やっぱり沈んで答えるのだ。
皆のことが、嫌いなわけじゃない。
でも、今の竜也はクラスメイトと関わることを避けていた。
もし、自分の意見が正しくて。もし、この街を出ていくようなことになったら。
皆との思い出が、自分を引っ張るのではないか、と竜也は思っているのだった。
竜也の、悲しい我が儘。
理恵にも、智美にも、柊にも、あと猿山にも、伝えることが出来ないこの想い。
竜也は、苦しんでいた。
「班員である以上、元気を出してもらわないと困るぜ、と智美が申しておりますが」
理恵がにやりとし、ぐいっと智美を竜也の前につきつける。
「り、理恵ちゃん!?」と智美は慌てたように、体をもじもじさせるのだった。
篠原智美。
彼女が一番危なかった。
だからこそ、一番失いたくないと思っているのかも……。
ぼーっと間が抜けたようにして智美に目をやる竜也。
智美は、恥ずかしそうに、顔をうつ向かせた。一向に進展しない状況に理恵は苛立ち、ほれほれと智美を揺するのだったが、無反応だった。
そして、智美が勇気を出して顔を上げたとき――。
既に竜也の目線は別を方向を向いていて、え? と智美は悲しくなるのであった。
それが、全然壁とか床とかに向いていたなら、智美はそうは思わなかっただろう。
だけど、違う。
竜也の目線の先には、女の子がいた。
そう、黙々と弁当を食す、時雨だった。
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