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「母さん、明日は遅刻なんて出来ないし、体を休ませないといけないからもう寝るよ。絶対に僕の部屋に入ってこないでね。起きちゃうから」
「はいはい分かりました。じゃあ、おやすみなさい」
千夏は、笑いながらに言うのだった。
「うん、おやすみ」
竜也は返した。
そこは、前園家のリビングルーム。
竜也の父親がまだ長期出張から帰ってきていない今、その部屋にいるのは、竜也と千夏だけであった。
その竜也が、まさに部屋から出て、自室に向かおうと扉に手をかけており、ふと母親に忠告をしたのだ。
明日は、野外学習合宿。
持ち物の用意は済ませた。風呂にも入った。
後竜也がすることと言えば、それはすぐに寝ることだった。
だから、千夏には何の違和感も感じなかったらしい。
それが、只今の時刻、午後八時だとしても。
トントントン、と竜也は階段を上がっていく。
午後八時、これはいくら何でも早すぎだろう。
ぶっちゃけると、竜也は千夏に嘘をついたのだ。
少々緊張した面持ちで、竜也は二階へと到達する。滑るようにして移動し、自室の扉をガチャリと開けた。
一番に目に入ったのは、青白霊素を纏った、時雨だった。
半霊化状態の時雨が、竜也の部屋にいた。
「終わった?」
時雨が首を傾げる。
「うん、母さんには、もう寝るから部屋に入らないでって言っておいた」
「……そう」
自分の部屋に時雨がいるというのに、竜也は何だか薄いリアクションである。
それもその筈、これは前々から約束してあったことだった。
「あのさ……」
時雨の手がそれを遮った。
「まずはリューヤ、貴方も半霊化を」
「あ、うん」
時雨に言われた通り、竜也は己のギヤマンに呼応して、半霊化した。
灰色霊素が竜也の周りを踊る。これで、どれだけどんちゃん騒ごうが、近隣住民の方々に迷惑がかかることはない。勿論一階にいる千夏にも聞こえなくなった。
「リューヤ、今から何をするか分かっている?」
と、時雨。
竜也はこくりと頷いた。
「うん、一昨日ぐらいからの約束じゃないか」
「ならば、少し待つ。まだミコトが来た気配はない」
時雨は全身のその感覚を察知しようとしていて、そう言った。
再び白の庵へ。
竜也と時雨の交した約束は、そういうことだった。
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