開幕前の、物語。

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空。 羽ばたかぬ、鋼鉄の鳥達。 鳥達は、雲海に編隊をなして、飛んでいた。 雲海の下にうっすらと見えたのは、輝く青い海。 バタバタと、鳥達の煩い鳴き声がしていた。 その数、六機。 どこか重苦しい雰囲気で、前に一機、後ろに一機。 そして、二機の鳥に挟まれるようにして、横一列に、残りの四機が飛んでいた。 曇の中を飛行しているのは、敵に見付からないようにするためであった。 その苦労あってか、鳥達はまだ敵に遭遇していない。 曇の途切れに、日の光が鳥を包む。鳥は、己の鋼鉄をきらりと光らせた。 翼と胴体に描かれた、赤い日の丸の国籍標識。 その他は濃緑一色である。 いや、その胴体に、黒く大きな文字で、『大和』と書かれていることを忘れていた。 統一感をもって、全ての鳥達に、『大和』と刻まれていた。 恐らく、それがその部隊の名であるのだろう。 二機の護衛の元、真ん中の四機には、爆弾がつまれている。 燃料も、必要ない、との理由で片道分しか供給されていない。上官からの命令は、こうであった。 敵艦隊を見付けしだい、体当たりの特別攻撃を敢行せよ、と。四機の鳥達は、そのために飛んでいるのであった。 護衛である筈の二機の鳥が、自身を閉じ込める牢のような気がして、真ん中の四機の、一番右の鳥に乗った青年は、その薄幸の瞳を軽く潤ませた。 が、隣の鳥に乗った同僚が、自分に手をあげるのが見えて、青年は、ぐっと堪えて、手をふりかえした。 風防越しに見た同僚は、笑顔であった。 恐怖を無理矢理押し込んだような笑顔。 自分もそんな顔をしているのだろうと、青年は思った。 怖いのだ。 これから起こることは、皆、分かりきっていることだった。 そうだ、これは自分で決めたことじゃろうが、と青年は勇気を奮い起たせた。 青年は、『熱望』『希望』『志願セズ』、この三つの項目から『熱望』を選んだ自分を思いだしていた。 最も、同僚の皆が、それを選んでおり、青年だけが、逃げれるはずがなかったのだ。 確かに……、そうだった。 でも、でも、最後には自分で。 と青年は、恐怖の息を、吐き出した。 ふっと気を緩めれば、操縦をする手が、がちがちと震えてくるのだった。 今は、まだその時ではない。 だが、すぐにその時はやってくる。 青年を含んだ、鳥。 そして、後三機の鳥。 四機は、死に場を目指し、さ迷い続けていた。
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