開幕前の、物語。

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急上昇。 空が見えた。 雲はどこかに消え去り、太陽は眩しく。 水色の清んだ空を目指しているかのように、一機の鳥が、昇ってゆく。 青年は、その光景を目に焼き付ける。 最後の空。最期の光。 そして失速。直後、ぐるりと機体が、半円を描いた。 そうなるように動かしたのは、青年自身である。 はっきりとした覚悟を決めたわけではない。 ぼんやりと青年は、運命に従ったのだ。 もう逃げられない。 もとから逃れられない。 鳥が、落下してゆく。 急降下。 海が見えた。 既に頭の中で想像するしかない空に輝いていた、あの太陽の光を浴びて、海はきらきらと光っていた。 そんな海に浮いているのは、そぐわない、鋼の戦争兵器。 戦艦。対空母艦。巡洋艦。 狙いは、一隻の戦艦。 頂に飾られた、星条旗。 異国の言葉の叫び声。 砲門からの対空砲火。 どれもが青年には、コマ送りのように伝わり。 バララッ、と後ろでまだ銃声が響いていた。 敵機がしつこく自分を狙っているのか、ということは容易に判断できた。 だが、もう遅い。 青年の鳥は、あまりにそれに近付きすぎていた。 今更撃たれ、鳥が爆発するならば、少なからずそれも損傷するだろう。 青年は、いっそこと、撃ち落としてくれと願うのだった。 どれだけの人が死ぬのだろう。自分のせいで、命を失う人が、きっといる。 青年はそれがたまらなかった。死にたくない。 死なせたくない。 が、青年は、己をなだめるように、すぅ、と息を吸った。 これは戦争。 全てが、仕方がないで片付けられる。 自分が死のうと、国という巨大な単位にとっては、損害ですらない。 敵側の人が死ねば、国とっては喜ぶべきこと。 そういうものなのだ。 理解せねばなるまい、と。 鳥は、がたがたがたがたと激しく揺れる。 翼には穴が空き。胴体はぼこぼこで。嘴はひしゃげて。 鳥は、落ちてゆく。 再び飛ぶことは、叶わぬ願い。あと、数秒もない。 青年が、ふっと息を吐き、こう言った。 目線は、あの写真に向けられていた。 「ウメさん……、重雄……、すまない、先にいくぞ」 そして、降下し、落下し、落ちて。ついで、鳥は戦艦にぶつかった。 一気に爆弾が作用し、それが炸裂した。 激しい爆発と大きな爆音。 戦艦全体が燃えているようであった。戦艦に乗っていた人は、まず助からないような、爆発であった。 その代償。 鳥は、吹き飛んだ。 青年は、死んだ。 一瞬のことだった。
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