眠るねこ

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 僕が声を荒げる前に、誰かがトラックの前に飛び込み、刹那に猫を抱え、走り抜けた。    トラックはそのまま通り過ぎ、何事も無かったかのように走りぬけ、数秒後にビルに突っ込んだ。    トラックは炎上し、少し離れた場所に野次馬が集まり、消火活動を始めた。    僕はしばらくそれに唖然としていたが、気を取り戻し、猫を助けた人の方を向く。    少年だった。小学校低学年くらいで、ぼさぼさの髪に、鼻の頭には絆創膏が貼ってあった。    僕はしゃがみ、彼に優しい口調で叱る。   「君、自分の命を粗末にしちゃいけないよ。一つしかないモノだから大切にしなきゃ。だから、」    少年はキッ、と僕を睨み付け、   「猫の命は? 僕が助けなきゃ、猫は引かれていたよ」   「でも君が……」   「猫の命も一つだけだよ。それとも、猫の命は二つあるっていうの?」    屁理屈を放く子どもだ……。   「一つの命が助かったからいいじゃん」    憎たらしくなってきた目でこちらを睨む。    下手をしたら二つ……いや、三つの命が一気に失っていたのかもしれないのに……。あの運転手、生きていればいいけど……。    僕は目線だけ、ちらりと事故現場に向き、立ち上がる。   「そうかい。じゃあ、今度からは自分の命も大切にね。じゃなきゃ、助けた猫が悲しんじゃうから」    少年は何も言わず、猫を手放し、公園へと走っていった。    分かってくれたのかな……?    そう僕が思っていると、猫は再び歩きだした。    歩道の真ん中を堂々と歩き、向かった先は、あの事故現場だった。    ほとんど消化され、数分後には救急隊員が駆け付け、全身皮膚が爛れ、暗い赤に染まったヒトがタンカーで運ばれる。    そしてもう一人、運ばれた。    さっきのヒトと同じ位の大火傷だった……。   「あぁ、そうか……」      僕は思い出した。    一匹の猫を助けたあの日、母さんは死んだ……。    運転手はなんとか助かったけど、母さんは助からなかった。    二人ともまだ息があったのに、一人は助からなかった。    あの少年は僕で、隣で見ている猫はあの猫。        あの時、猫を助けなかったら……。    あの時、……いや、そんなわけがない。      もう、過ぎた事なんだ……。
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