第一章一幕・江東の小覇王―199年

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「やぁ、君の名を何と言う?」   壇上にいる男が、腰を下げ礼をする男に声をかける。壇上の男の容姿は凛々しい男前で、大き過ぎない分とても引き締まった筋肉を持つ事が服の上からでも判る。その歳は二十歳を少し過ぎたくらいに見え、若々しい。また礼をとっている男は、全身を黒い布で覆ったように幾重も重ね着し、頭巾は礼のため被っていなかったが、頭の後ろには存在していた。   「はっ。私の名は華流、字は子秘と言います。徐州瑯邪群陽都に生まれ、幼い頃から修行を重ねて来ました」   華流は予め考えていた自己紹介を壇上の男によく聞こえるように言った。男は笑みをこぼし、   「今日はわざわざ参ってくれてご苦労。早速本題に入ろうか」   華流は頷く。元々そのために来た事もあるが、壇上の男に逆らうという選択肢を華流は持ち合わせていなかった。   「この城の中に化け物がいる、と家臣が騒いでる。本当なら俺が何とかするつもりなんだが、公瑾のヤツが大事を取れと言うからな。仕方なく妖の討伐を生業とする者……華流、お前に頼む事にした、と言う訳だ」   周瑜公瑾(シュウユコウキン)。江東の豪族の家柄で、才色兼備で容姿端麗。人々から“美周郎”と呼ばれ、今いる重要な役職に就いている若き俊才。その人を字で呼ぶ若い男は、華流の知識の範囲では一人しかいない。   「はっ、尽力を以って対処します」   孫策伯符(ソンサクハクフ)。長沙(チョウサ)太守孫堅(ソンケン)の長男。孫堅は江賊討伐で功績を残し、黄巾賊と呼ばれる賊の討伐や都である洛陽で政権を牛耳った董卓の征伐に一役買った将軍で、荊州を治める劉表軍の策略によって戦死している。孫策もその戦が初陣で、孫堅の亡骸と捕らえた劉表軍の将と交換した。その後没落した孫家は離散、孫策は親類に家族を任せ、自らは将と共に南陽の袁術を頼ったが、父親譲りの武勇を誇る若い孫策には客将暮らしは耐えられるはずもなかった。   「おう、いい面構えだ。期待してるぜ」   その後孫策は孫堅が拾った伝国の玉璽をカタに袁術から兵と兵糧を借りて周瑜と合流、江東を三年で平定した。人々はその武勇と人望を讃え、“江東の小覇王”と呼んだ。先の周瑜公瑾とは義兄弟の契りを結び、金属をも断ち切る程の絆で繋がっているという。   「お任せください。私の力は、憂国の人々の願い、そのための力なのですから」   華流はそう行って、壇上の男―“江東の小覇王”孫策伯符に顔を向け、微笑んだ。
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