01‐平和ってのは平らで和やか…。つまり変わらないってことさ

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「うぐ……。ッッ!?!!」  俺の決意を鈍らせる音が響いた。その正体は客席からのうめき声。どうやら誰か(千草さんのファン)が憧れの人への見栄を張って彼女の手料理スペシャル゛Cランチセット゛を頼んだようだ。  スッと立ち上がり視線を音のした方へ向けると、(冗談抜きで)瀕死の様になった男性客がピクピクと喫煙席で白い泡を吹いて、震え(痙攣し)ている。救急車を呼ぶべきか?いや、そんな事よりこの目前に盛られたチャーハン(?)の山をどうするべきかだ。  くそ…決意が鈍る……。 「黒崎。」  スッと目前からチャーハン(?)の入った皿が、誰かの救いの手によって取り上げられた。 「いつまで飯食ってんだ。今日は早く帰るんじゃ無かったのか?」 「あ、蒼次さん。お疲れッス。」 「かれー、たくっ、誰だよ厨房滅茶苦茶にした奴。」  皿を取り上げたのは若い二十代の男性、物腰は柔らかく人当たりが良さそうな好青年な彼は、軽く裾が汚れたコック服を軽く叩き肩をとんとん叩きながらめんどそうにこめかみをつまんだ。この店の料理長を勤めている社員の魚汰 蒼次さんである。やはりカッコいい。 「あ、それアタシだわ。」  コレには真也も思わず沈黙。千草がニヤニヤと笑って蒼次さんの背中をバシバシと叩く様を見ながらはらはらする。ダメだこの人全然解ってない。 「あぁ、そうだな千草……。解ってたから少し黙っててくれないか。」  呆れたようにそう切り返す蒼次さんの目は真剣そのものだった。 「りょ!りょーかーい!あたし今月の売上高まとめなきゃ!そいじゃ!」  それを感じ取ったのか千草が逃げるようにスタッフルームへと引っ込んでいく。 「あはは、上司でも遠慮無いですね蒼次さん。」 「黒崎。あれは上司じゃなくて……。そうだな、おっきな妹みたいなもんだよ。」 「はは、それはスゴく手の掛かる妹さんですね。」  真也は苦笑いと共に蒼次が手に持つ皿を見つめた。 「あぁ、そうだな。んで、黒崎はこれを食うのか?」 「いや、出来れば……。」 「了解。一つ貸しにしとくぞ。」  ボリボリと言う普通では有り得ない音を立てて、チャーハンを平らげていく蒼次を見ながら、真也は感嘆していた。  千草の料理を完食できる人間はおそらく少ない。いや、皆無といってもいい。それを苦もなく完食する蒼次さんは、不名誉ながら「鋼鉄の胃袋」の異名を持つ、本人が嫌っているので俺はあえて使わないが。
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