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彼が死んだ。
信号無視の乗用車に轢かれてから二週間経った日だった。
彼から連絡が来て、車に轢かれて入院しちゃった、なんて言うものだから、自宅でのんびりしていた私は化粧もせずに慌ててタクシーを捕まえては病院に駆けつけたものだ。
怪我自体はひどくなくて、病院にお見舞いに行けば元気な姿を見せてくれるから、私は安心していたんだと思う。
今思えば、兆候はあった。
毎日のように病室を訪れる私を、最初のうちは喜んで迎え入れてくれた。でも、日が経つに連れて貴方は寝ていることが多くなっていった。睡眠が不規則で昼間に寝ちゃう生活になってしまったのかな、って単純に思っていた。起こさないように静かに寝顔を眺めて、何も話さず帰る日もあった。
貴方が起きているときに出くわせば運がいいとすら思っていた。
気のせいか、頬がこけたように思えたけど、食事も制御されるから必然なんだと納得し、私も入院したら少しは痩せれるかな、なんて不謹慎なことを考えていたものだ。
どうしようもなく浅はかで、幸せをこれっぽっちも疑わない私自身に嫌気が差す。
貴方は少し呂律が怪しいまま何度も言った。
『お前は車に気をつけろ』
『いつ何があるかわからない』
『俺がいつも傍で守ってあげることなんて出来やしないんだ』
笑い飛ばそうなんて気は起こらなかった。
だって、あまりにも真剣な顔で言われたから。
うん、と彼の気持ちを受け止めるように頷いた。
一週間も経った頃、いつまで入院してるのか聞いた。
貴方は、そうだな、と考えるように天井を見上げて答えた。
「まだわからないけど、もう少しいられると思う」
そう言ってから、
「あぁ、入院してればこうして仕事行かずに加奈子と一緒にいられるから、なるべく長く入院していたいんだよ」
言い訳のように続けた。
その頃には、どんなに馬鹿な私だって異常に気付き始めた。
布団に入れた貴方の手が意思に反して震えていた。
舌が痺れて言葉がうまく言えていなかった。
急激に痩せて、体が一回り小さくなった。
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