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「帰っていい?」
特にやることなく、悠が唐突に言い出した。
「結構暗いし、今日は二人とも食べていけば?」
「僕、今日は遠慮するよ」
「そうか」
深追いはせずにアッサリと納得する。
恭也は七瀬に微笑みかけて、小さな声でバイバイ、と告げて部屋を出て行った。
「悠はどうする?」
「じゃあ、食べてく」
三人はダイニングルームにて、長いテーブルで夕食をとった。
七瀬にとって見たことのない豪華な料理で、運ばれてくる度に目を輝かせる。味も一級品だ。これからずっとこんな味を口にするとなると、少し気が引けた。食事は終始静かだった。
夕食をとった後、悠は帰ろうと支度する。
千昭と七瀬は玄関で見送りきた。
「じゃ、…また明日ね」
行こうと背を向けた時、七瀬がブレザーの裾を掴む。
どうしたのかと悠は振り向いた。
「……大丈夫。千昭はああ見えて、根は優しいんだから」
その言葉を信じたのか、七瀬はそっと裾から手を離して、悠を行かせた。
それから二人は千昭の部屋に戻った。
戻ってからというもの、七瀬は気まずそうにソファに小さくなりながら座っている。対しての千昭はそんな七瀬を見ながらどう接したらいいのか考えていた。
「七瀬…来い」
手招きをする。だが、七瀬は黙ったまま、下を向いて行動しなかった。
千昭は困惑し、声音を少し穏やかにするように試みた。
「…おいで。頼むから、そんなに怯えんなよ」
(そんな事…言われても…)
七瀬の脳裏にはチラリとある人物が頭をよぎってしまい、下唇を噛み締めた。
いつまでもこのままではいけないと思い、ゆっくりと立ち上がって千昭に近付いた。
「相当なことが、あったかもしれないが…俺はアンタに何もしない。だから、怯えないでくれ」
千昭は座ったまま遠慮がちに七瀬の手をとって、下から顔を覗き込むように見ながら静かに離す。
「此処に来るまで疲れたろ。風呂…先入るか?」
コクンと頷く。
やっとまともな反応が返ってきて、千昭は内心ホッと安堵した。
「あぁ…さっき和臣が言ってたが、お前の服、そこのタンスの中に揃えてあるらしい」
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