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「私は呪われているのさ」
空に浮かぶ望月を見上げながら女はぽつりとつぶやいた。
妖しい美しさを持つ女である。
翡翠のついた歩揺(かんざし)を挿した黒絹のような髪は胸元の大きく開いた藍色の襦裙を包むように流れ、襟元からは陶器のような滑らかな肌がのぞく。
「わかっている」
彼女の背後から声がかかる。
「そうかい」
その言葉に彼女は小さく溜め息を付きすぐに微笑みに表情を塗り替え振りかえる。
思わず見入ってしまうような不思議な光を宿した瞳が部屋の中に居た男を捉える。
彼は寝台に腰かけ窓辺に佇む彼女をただ見つめている。
不意に目があった瞬間気恥ずかしげに視線をそらした。
明らかにこのような場所に慣れていないどころか女の扱いすら知らないようにみえる。
『全くもって妙な客だよ』
彼女はそんな様子に呆れを隠さない。
外から見ればすぐに分かるがここは漣州一の色町にある妓楼である。
彼女はここの妓女であり彼は彼女との一夜を買った客のはずであったが彼が求めていたのは彼女との情事ではなかった。
「お代は払ったようだから別にいいんだけどさ、本当に知りたいのかい」
右手を腰に当て、左の人指し指で頬を掻きつつ、先程彼が請うた事をもう一度尋ねる。
「ああ」
彼女の言葉を彼は視線をそらしたまま肯定する。
わざわざ安くない花代を払ってまで、ただ話を聴きに来たとは粋狂な客よと心の中で思う。
「……話したくはないんだがね」
そして彼女は横目で彼の顔を見るが、その顔には真剣そのものだ。
――彼女が『呪われた女』である理由が知りたい
男は彼女を指名するなりそう囁いた。時折いる冷やかしの客だろうと初めは聞かぬ振りをし、情事が終われば忘れるだろうと思っていた彼女であったが、男は彼女を抱く事はなく、しつこく食い下がった。呪われている、とはっきりいっても諦めない。
先ほどから問答を繰り返していたが埒が明かなかった。
彼女は小さく舌打ちをし、しかたがないねと呟く。
「あいわかった。話しゃいいんだろう」
溜め息をつきつつ彼女は蝋燭に火を灯す。
月明かりのみであった明かりが炎の赤味を帯びた光に塗り替えられる。部屋は明るくなり、彼女は彼のそばに腰掛け、酒を勧める。
勧められるままに杯に口をつけた彼を確認し、紅をさした唇を歪ませ己も杯をとりつつ口を開く。
「一年、いや二年前になるかねぇ……」
男の傍らに腰かけ、淡々と彼女は語り始める。
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