稲妻

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稲妻だ。あれは、稲妻だった。人の声であるはずがない。しかし、それはどこか悲しげで、寂しそうだった。姿はまるで〝龍〟そう、光る龍だった。奴はようやく、この街にもやってきた。いや、決して待っていたわけではない。 片手には自分の桶を、もう一方には友人の手を弱々しくもしっかりと握り合い、銭湯へと急ぐ二人の老婆。彼女らの背中は、激しく折れ曲がり、ひたすら地面に向かって歩いている。彼女らの世界はひどく狭く、色のないところに違いない。 今もなお、龍の悲痛な声は、街中に轟く。 「何が気に入らないのだ?貴様に何があった?」 龍が答えるはずもなく、奴のいる空は、暗く邪悪な雰囲気をかもし出していた。しかし、同じ空にもかかわらず逆の方からは、夕日がいつもより余計に眩しく輝いている。光と闇そう、まさにそれだ。龍は、ビルの上をゆっくりと飛行し、今にも子供たちを喰らおうとしているかのようであった。だが、その姿はスッと暗い空へと消えてしまう。その一瞬を、私は食い入るように見つめた。はじめて見たそれを、ここに記すために。 その時だ。空から降ってくる大粒の雨が私のいるベランダの屋根を元気よくはねた。 「貴様の仕業だな。」 龍は、やわらかく黒い雲へと形を変えた。そうかと思えば、龍(雲)は、光の差すほうへと流れていった。まだ、鳴きやむ様子はない。龍(雲)と一体化した夕日は、力を増し、まるで龍を静めるかのごとく明るく、より真っ赤に染まってみせた。また、雨も増す。雲は、龍から魚へと姿を変え、青い海へと消えていった。さっきまでがまんしていた涙と、お礼を「ドーン」とひとこと、夕日に残して。 夕日は、私の手元を照らし、執筆の手伝いをしてくれた。このような夕暮れを迎えたのは初めてだった。 龍(魚)が去ると、雷が誰かを探しているかのように、そこらじゅうでゴロゴロと鳴なりはじめた。 「そうか、迷子だったのか。」 わが子を必死で探す母のように、雷は声がかれるまで息子の名前を呼び続ける。しかし、探して見つかるわけがない。彼は魚になったのだから。 その後、私は部屋に引き返して中から母親の叫び声を聞いていた。彼女は、長いこと泣き続けた。 しばらくして、様子を見てみると外は、母の血で真っ赤に染まっていた。彼女は、気づいてしまったのだ。息子は、もう戻らないと。
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