132人が本棚に入れています
本棚に追加
「……起き上がれるか?」
……あなたがどいてくれれば。
「あ、ごめん、今どくから。」
私の胸を圧迫し続けた変態……いや命の恩人さんは、そう言って私の上から退くと、手を取り、起き上がらせてくれた。
……水も滴るいい男、とでも言いましょうか。
透き通るような肌と、胸あたりまである長い黒髪も相まって、一瞬女性に見えた。
鋭いながらも、悲しげな目を隠すように伸びる長い前髪が、とても印象的だ。
歳も20歳よりは若そうだな。大人びてはいるけれど、社会人には見えない。案外同い年くらい、高校生って考えるのが妥当かな。
そして…どこか、懐かしい感じがする。どこかであったような…遠い昔?まだ小さかった頃?
「…助けて下さってありがとうございます。お怪我はありませんか?」
「オレは大丈夫だ。あんたこそ、痛むところとかないか?見たところ外傷はなさそうだけど。」
「はい…今のところ、意識もしっかりしてます。」
「そうか、助けた甲斐があった。」
「……あの…前にも、助けられたことありましたっけ?」
今度は助けられた、と、この男性は確かにそう言った。今度、ということは二度目以降なのだろうけど、私の記憶にはない。そもそも、命の危機に直面した経験など…無くもないのだけれど、それはまた別のお話。こんな大事故に巻き込まれたのは初めて。
…じゃあ、この人は以前、似たような事故現場に直面したのかな。
例えば、大切な人を事故で亡くしたとか。
例えば、救えたはずの命を救えなかったとか。
例えば、その人の死を、未だに受け入れられず今も思い続けているとか。
「君を助けたのは初めてだよ。…しかし、冷静だね。こんな事故の後なのに。その冷静さを活かして、今後は是非こんな事故に巻き込まれないよう気を付けてほしいもんだ。」
「………。」
正論過ぎて何も言えません…
まあ、この男性が過去にどこの誰を助けたか助けられなかったかなんて、私には心底関係ない話だ。そんなことより、私のDカップの胸が同年代職業不定の男性に圧迫された事実のほうがよっぽど問題だ。そして、体を張って助けてくれた人に対しきちんとしたお礼もしないことは、もっと問題だ。
最初のコメントを投稿しよう!