11人が本棚に入れています
本棚に追加
首を上に向けて、私は、自分が猫になった事を理解した瞬間と同じ位に驚きました。そこにあった美しい顔は、紛れも無く妹だったのです。そして妹から少し離れた、私を轢いた車は、実家にあったハイヤーでした。運転席からは竹中が出て来て、妹と私に駆け寄ってきました。
妹はごめんね、ごめんねと泣きそうになりながら私の頭を撫ぜて、怪我に気付くと、私を抱いたまま車に戻りました。そして何処でも良いから動物病院を探して、と竹中に告げたかと思うと、車は走り出しました。私は妹の膝で、痛みも忘れ、何故ここに妹が、と思いながら、成り行きに従っているしか出来ませんでした。
連れて行かれた動物病院で、私は足の治療を浮けました。幸い深い傷ではなく、すぐまた車に戻されました。再び走り出した車内で、妹と竹中の会話を聞きました。そこで私は、ここに妹が居る理由を知りました。妹は、私に会いに来たのです。これまで何度か来ようとしたが、どうにも勉強との折り合いがつかず、ようやく大学入学が決まって時間が出来たので、急に訪れて私を驚かそうとしていたのでした。その途中で、竹中が私を轢いてしまったのです。
仕方ないわ、また出直しましょうと溜息をついて、妹は私を持ち上げ、その顔と私の顔を近付けました。染みどころか毛穴も見えない滑らかな頬をきゅっと持ち上げて、にこりと私に微笑みました。それは昔から馴染んでいたもので、私はとても懐かしくなり、私が姉だと言おうとしました。ところが、出て来たのはにゃあにゃあという猫の声だけでした。
長く車に揺られて、丸二年見ていない実家に着きました。玄関先まで出迎えに来たお父様とお母様は、美しいままでした。ああ、やはりここは私の居る場所ではないと、逃げ出したい心地になりましたが、身体は妹にしっかり抱かれています。
お母様は私を見て「この猫ちゃんはなあに」と妹に問い掛けました。妹は事の顛末を説明し、「首輪も無いから野良猫だと思うし、可愛くって連れて来ちゃった。ねえ、うちで飼ってもいいかしら」と、お父様に言いました。お父様が、妹の頼みを聞き入れないわけは無いのです。お父様はいいよと頷いて、誰か猫の餌を買って来い、と使用人達に命じ、妹から私を受け取って、優しく抱きました。お父様に抱かれるなんて、いいえ、それ以前に触れられて、目を合わせるなんて、本当に何年ぶりの事だったでしょう。
最初のコメントを投稿しよう!