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三
ふ、と意識を取り戻すと、苔や黴の臭いが充満する、薄暗い裏路地でした。気が付いてから、ああ身投げしたのだと思い出すまで、少し時間を要しました。身投げしたにしては、どこも痛かったり苦しかったりしなかったのです。
暫くじっとしていた後、私は恐る恐る、腕を動かしてみました。痛くはないものの、何だか具合がおかしいと思いました。具体的にどこがおかしいのかは理解出来ませんでしたが、何かが違うのです。しかし、どうやら死んではいない。廃ビルは、六階まであるというのに。
首を傾げながら立上がり、何気無く後ろを振り向いて。
私は、ぎゃっと悲鳴をあげました。
そこに居たのは……いえ、そこにあったのは、死体でした。紛れも無く、私の死体でした。もろに頭から落下したせいか、目玉は飛び出て脳天が割れ、血と、恐らく脳と思われる、灰色のゼリーのような物体が、あたりに飛び散っていました。首は妙に折れ曲がり、腕の骨は皮膚を破って、ぬるい空気にさらされていました。
ひぃ、と後退りし、私は腰を抜かしました。とにかくその死体が気味が悪くて、恐ろしくて。そして、その死体が私ならば、この私は一体何なのか。
頭を抱えようとして、私はようやく、自分の身体の異変を理解しました。
抱えた頭は毛髪と違う、もっとふかふかとした毛に覆われて、天辺に突出た耳が、同じく毛を纏った腕に触りました。あちらこちらを触ってみると、頬には髭が生えていて、お尻からは長い尻尾が伸びていたのです。辺りに散らかる割れた硝子に、ゆっくり姿を映してみると、それは紛れも無く、口の周りを血に汚した、一匹の猫でした。
私は再び小さく叫び、割れた硝子から視線を外し、もう一度死体を見ました。その時、死体に足りないものがあるのに気付いたのです。飛び散っている僅かな飛沫の他に、脳が見当たりません。ぱっくり割れた死体の頭は、血肉色の空洞でした。
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