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人生の転機、まさしくこれが引き金を引くきっかけになったのかもしれない。母親が死んだ時でも親父が失業者になった時でも、ましては海で溺れかけた忌ま忌ましい記憶が残る十一歳の誕生日の日でもなく、この今日という日こそが俺の曲がり道だった。
当時の俺はそんな面妖な話など知る由もなく、最後の平和な世界を存分に堪能していた。
「あっ自動販売機!喉渇いたでしょ、好きなの買ってあげる!」
「そうか。じゃあ烏龍茶がいい」
別に茶が好きってわけじゃないが、甘い物は好きじゃないんだよな。
「じゃあ私はオレンジジュースにするね」
そう言って彼女は自販機に小銭を入れていく。女子に金を払わすのは男としてどうかと思うが、まあ向こうから言ってきたことだし出費を重ねる必要もないだろう。
「はい烏龍茶。あんまり冷たくないから入れ立てみたいね」
確かに水滴が付着してないくらい温い。まぁ茶だし平気か。
おもむろに缶の蓋を開けようとして、ふと青いはずの空を見た。
暗雲。
気象予報士がここまで嘘つきだとは思わなかった。雨雲だか雷雲だか知らないが、それらで覆われた空の姿は晴れの日を連想させる要素は微塵たりともない。
「暗いね空、天気予報だと一日中晴れだって言ってたのに」
春奈も不安な表情を顔に出している。はたして今の俺はどんな間抜け顔で空を見ていることやら。
一息入れるため、温い烏龍茶を一口すすった途端に、生涯忘れることはないだろう平和との別れが訪れた。
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