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ふいに、音がした。
背筋に舌を這わされるような不快感が、彼の足を止めた。
また、音。
柔らかいものを引き裂くような音に、流れ出す液体の湿った音。
耳をすませると、雑居ビルと雑居ビルの間の路地から、音は断続的に漏れ出てくる。
路地の奥は、澱のような闇があるせいで見えない。
彼の本能が警鐘を鳴らした。
――逃げろ、と。
しかし彼はそれを無視した。無視すべきでないと薄々気付きながらも、街灯に引き寄せられる蛾のように、路地の闇をかき分けていった。
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