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呼吸ができない。
ただ単に肺を酸素で満たすだけの作業が、いきなりできなくなった。
立ち上るむせかえるほどの血の臭いが、猛烈な吐き気を誘発する。
ぐらぐらと足元が揺れるなか、踵を返して一刻も早く立ち去ろうとした矢先、視界の隅で何かが動いた。
月明かりが差し込んでも、なお残っていた闇の一部が、異様な大きさの人となって立ち上がった。
いや、闇ではない。ただ単に闇に身を潜めていたようだ。
彼は最初、ゴリラかと思った。
……だがすぐに、違うと悟った。
不自然なのだ。どこがどうというわけではないが、生き物として何かしらおかしい。
――化け物。
その言葉が、ぴったりと当てはまった。
心臓が早鐘のように鼓動し続け、ぱくぱくと口を開け閉めしてみても、全く言葉が出ない。
足は地面に根をはってしまったかのように微動だにしない。
化け物が、くぐもったうなり声と共に腕を振り上げた。
握りしめられた拳から、血の雫がぽたぽたと落ちる。
そこでようやく彼は気づいた。
この化け物が、足元の残骸を作り出したのだと。
そしてこいつは自分を――
そう悟った時には、全てが遅かった。
路地に声にならない絶叫が響き……すぐに消えた。
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