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実は全速力で家に向かって走り出していた。
(嘘だ、嘘だ、アイツは頭がおかしくなっとるだけや)
実は走った。
がむしゃらに。
足が壊れるかと思うほどがむしゃらに。
ガチャ…
『あれ、開かん。』
ガチャガチャ
ドンドンッ
『ぉい、オトン!オカン!いるんやろ!?』
ドンドンッ、ドンドンッ
『ぉい、ぉいってば!』
店の扉を叩き、叫んだが中からは何も返事がない。
実は裏へ回り、勝手口の扉を開けようとしたが、開かない。
『うそやろ?なぁ、いるんやろ?なんなんだよ、いきなり…アイツなんなんだよ。』
実は座り込み、泣いた。
何が起きたのか全く分からなかった。
高津純一の話によると、父と母はどうしても実に言えない事情で家を空ける事になり、高津に実の事を頼んだらしい。
高津の事務所に寝泊まりできる場所があり、そこで生活して良いからと、住所が書かれた名刺とお金を一万円渡された。
実にとって一万円札は、夢の世界の物で、触ったことはおろか、見たこともなかった。
それを渡された瞬間、怒りがこみ上げ、高津にお金を投げつけて寿司屋を飛び出してきたのだ。
『オトンとオカンは俺を見捨てたりしないはずや。どんな辛い時だって俺を一番に考えてくれた。おかしい。』
家には入れない実は隣の酒屋さんを訪ねた。
『ナカおじちゃん!』
そこには威勢良く魚を売っている中島照男(なかしまてるお)がいた。
中島は実を見るなり表情を変え、眉間にしわを寄せた。
『…実ちゃんか。悪く思わんといてや、うちも生活ぎりぎりやさかい。いくら実ちゃん言うても貸しは出来へん。』
実は中島の言葉の意味が理解できなかった。
『おじちゃん?何のことや?それよかオトンとオカン知らん?今変な奴におおてな、オトンとオカンいなくなったとか言いよるんや。』
中島は隣にいる奥さんと顔を見合わせると、悲しげな表情を浮かべて実に質問をしてきた。
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