-第5章-

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実は全速力で家に向かって走り出していた。 (嘘だ、嘘だ、アイツは頭がおかしくなっとるだけや) 実は走った。 がむしゃらに。 足が壊れるかと思うほどがむしゃらに。 ガチャ… 『あれ、開かん。』 ガチャガチャ ドンドンッ 『ぉい、オトン!オカン!いるんやろ!?』 ドンドンッ、ドンドンッ 『ぉい、ぉいってば!』 店の扉を叩き、叫んだが中からは何も返事がない。 実は裏へ回り、勝手口の扉を開けようとしたが、開かない。 『うそやろ?なぁ、いるんやろ?なんなんだよ、いきなり…アイツなんなんだよ。』 実は座り込み、泣いた。 何が起きたのか全く分からなかった。 高津純一の話によると、父と母はどうしても実に言えない事情で家を空ける事になり、高津に実の事を頼んだらしい。 高津の事務所に寝泊まりできる場所があり、そこで生活して良いからと、住所が書かれた名刺とお金を一万円渡された。 実にとって一万円札は、夢の世界の物で、触ったことはおろか、見たこともなかった。 それを渡された瞬間、怒りがこみ上げ、高津にお金を投げつけて寿司屋を飛び出してきたのだ。 『オトンとオカンは俺を見捨てたりしないはずや。どんな辛い時だって俺を一番に考えてくれた。おかしい。』 家には入れない実は隣の酒屋さんを訪ねた。 『ナカおじちゃん!』 そこには威勢良く魚を売っている中島照男(なかしまてるお)がいた。 中島は実を見るなり表情を変え、眉間にしわを寄せた。 『…実ちゃんか。悪く思わんといてや、うちも生活ぎりぎりやさかい。いくら実ちゃん言うても貸しは出来へん。』 実は中島の言葉の意味が理解できなかった。 『おじちゃん?何のことや?それよかオトンとオカン知らん?今変な奴におおてな、オトンとオカンいなくなったとか言いよるんや。』 中島は隣にいる奥さんと顔を見合わせると、悲しげな表情を浮かべて実に質問をしてきた。
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