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そう言うと、雫石優は実に背を向け歩き出し、扉を開けて、やぁこっちやと言いながら人を招き入れた。
陰から現れたのは体格の良い、一人の女性だった。
『実くんは、記憶をちびっとなくしてやはるかもしれまへん。』
雫石優の言葉に頷き、その女性は実に近付き声をかけてきた。
『実くん、私を覚えてるかしら?』
実は彼女の声を聞いた瞬間、思い出した。
『救急車で…』
『そう、そうよ。』
その女性は嬉しそうに笑顔になり、雫石優に席を外してくれるよう頼んだ。
しかし、実には以前にこの女性と関わった記憶はなかった。
『…あの、申し訳へんやけど、俺…』
実の言葉を遮りその女性は興奮気味に言った。
『実くん、あなたは今断片的に記憶喪失になっているみたい。私はあなたの叔母よ。』
実は記憶を失ってはいないはずだ。
(この人何言ってるんやろ。俺の叔母はとっくの昔に病気で死んでもうたもん。)
『でも大丈夫よ。少しずつで良いから思い出しましょ。』
(…それとも、もしかして今までの事が全部俺の記憶違いか…いや、そへんなはずはない。)
『実くん、お腹空かない?何か食べる?』
『…あ、いや。うん。』
実は自分が分からなくなっていた。もしかしたら、自分は五条実ではない誰かで、本当は父親も母親ももとからいないのかもしれない。
何故か、はっきりとした記憶を思い出せなくなっていた。
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