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『俺は、昔の記憶がないんだ。』
実は、語り始めた。
ゆっくりと-。
高校生の時、川で溺れ昏睡状態になった事。
なんとか一命を取り戻し、目覚めると記憶がなくなっていた事。
記憶を失ってからは叔母に育てられた事。
自分の両親は自分が幼い頃に交通事故で亡くなっていると聞かされた事。
しかし、自分にただ一つ残っていた記憶とに矛盾がある事。
叔母が大学卒業まで面倒を見てくれた事。
そして、叔母が失踪した事。
そこまで話すと、実は少しすっきりした表情をしていた。
さつきは俯いていた。
『…そんな事が…あった…のね。実さん…。実さん…。』
さつきは流れそうな涙を必死にこらえた。
『俺は、記憶喪失になった。でも、ただ一つ覚えている事があるんだ。それは、高津純一という弁護士。そいつが俺から両親を奪ったという事だ。』
さつきは自分の耳を疑った。
『ご両親は、実さんが幼い頃に亡くなったんでしょう?』
なるべく実を傷つけないように、気遣いながら聞いた。
実は頭をかきながら困ったような顔になった。
『そうなんだ。訳が分からないだろ。でもそう思うんだよ。何でかな。信じられないよな。』
さつきは、涙をこらえきれなかった。
一粒の涙がポタリと音を立てて落ちた。
『実さん、ごめんなさい。ごめんなさい。…こんなに近くにいたのに、苦しみに気付いてあげられなくて…』
涙のせいで、声が声になっていなかった。
『良いんだ。謝るな。むしろさつきには感謝している。さつきのおかげで楽しい時間を沢山作れた。真広にも出会えた。さつきと真広が昔の悲しみを埋めてくれたんだ。』
それを聞くと、さつきは涙でぐちゃぐちゃになった顔を何度も何度も縦に振った。
『実さん…………。私、実さんを信じるわ。言ってくれてありがとう。』
実も少し涙目になりながら、ただ一言、ありがとうと言った。
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