初恋 ~浅き夢見し~

6/13
前へ
/170ページ
次へ
「でも彼女の家は、とても深刻な状況だったようです」 ある日突然、彼女は姿を消した。 彼女の家の事情は誰もが知っていたので、夜逃げだろうと噂された。 「すごく傷つきました。 何も言わないで去った彼女に、裏切られた気がしました。 そりゃあ言い出せなかった気持ちも分かるし、それを伝えられたからといって、僕に何か出来るわけでもないのは分かってます。 でも・・・悲しかった」 ここまで話すと、彼はまた黙り込んだ。 こみ上げる感情に、じっと耐えている。 私はかける言葉を見つけられないまま、ただうつむく彼を見ていた。 「・・・でも、違ってたんです」 火を点けた煙草が灰に変わりきった頃、依頼者は口を開いた。 「3年前です。 彼女からの手紙を見つけました」 彼女は夜逃げの前に、彼に手紙を出していた。 まだ携帯もない時代。 彼の親に電話もつなげてもらえない彼女は、わずかな望みをかけて。 だが、その望みは叶わなかった。 差出人は書かなかったが、怪しんだ彼の親が、彼に隠していたのだ。
/170ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2495人が本棚に入れています
本棚に追加