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「でも彼女の家は、とても深刻な状況だったようです」
ある日突然、彼女は姿を消した。
彼女の家の事情は誰もが知っていたので、夜逃げだろうと噂された。
「すごく傷つきました。
何も言わないで去った彼女に、裏切られた気がしました。
そりゃあ言い出せなかった気持ちも分かるし、それを伝えられたからといって、僕に何か出来るわけでもないのは分かってます。
でも・・・悲しかった」
ここまで話すと、彼はまた黙り込んだ。
こみ上げる感情に、じっと耐えている。
私はかける言葉を見つけられないまま、ただうつむく彼を見ていた。
「・・・でも、違ってたんです」
火を点けた煙草が灰に変わりきった頃、依頼者は口を開いた。
「3年前です。
彼女からの手紙を見つけました」
彼女は夜逃げの前に、彼に手紙を出していた。
まだ携帯もない時代。
彼の親に電話もつなげてもらえない彼女は、わずかな望みをかけて。
だが、その望みは叶わなかった。
差出人は書かなかったが、怪しんだ彼の親が、彼に隠していたのだ。
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