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暗鬱な気分を紛らわそうと、桜歌は長い渡り廊下を歩いていた。
そこから見える中庭には石の波紋が広がり、周りに植えられた細い木々は垂(しだ)れている。
見慣れた景色。
見慣れた光景。
開け放たれた窓から吹き込む風も爽やかで、桜歌の中にわだかまっている気持ちを晴らすかの様だった。
紅の、髪が靡(なび)く。
背の中程まで伸ばされた癖の無いそれは、毛先は揃えられていないものの、美しさを感じさせる。
髪よりやや暗い、深紅の眸が揺れる。
――――何故。
あの男は、邪神に魂を売り渡してまで力を欲したのだろう。
特殊な能力は無いにしろ、それは他の者も同じ事だ。
彼が、人一倍本家を憎んでいる事も知っている。
――だが。
それだけの理由で、魂を売る様な男ではないと云う事も、知っている。
分家を護る為だけなら、あの卓越した身体能力と剣技だけでも十分過ぎる程だ。
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