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簓のその信念は強く、それにより、簓が首領の座についてからと言うもの、本家の者が無為に殺される事も無くなった。
先代までは、ほぼ毎日と言っていい程に殺し合い、葬儀をしていたと言うのに。
「――…本当、面倒くさい男。嫌われるわよ?」
言い返す事も無く退くのは癪な為、苦し紛れに言い放つ桜歌。
その言葉すら簓を揺るがす事は無いと、知っているのだけれど。
「構わぬ。我が護るべき者を護れるならば」
戦の終焉を告げる言葉を吐いた簓は左手に持った刀を鞘に戻すと、きびすを返して男へと歩み寄る。
そして左手で彼を抱え上げると、そのまま闇へと姿を消した。
木々の葉の間から、三日月が嗤(わら)う。
残された桜歌は、ただ立ち尽くして居る。
あの時――簓が背を向けた瞬間。
距離を詰めてその背を切り裂く事は一瞬も有れば出来ただろう。
しかし、桜歌はそれをしなかった。
敵である一族の首領を逃す行為を、自分でも不思議な程自然にしていた。
まるでそれが、当然の様に。
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