始章

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始章

    ¨寝んね……寝んね……竜の背中で……¨ 懐かしい……  この響きはなんだろう。身を包む淡い温かな光。体温まるこの声の波動……  汚い世界から自分を救ってくれる。逃避出来る。飛び込んで甘えられる母のふところが逃避場所。好きだ、この歌、常に心を鎮めてくれる魔法の子守唄…… ¨月の……ゆりかご……に届くまで……¨ あぁ、いつも優しく囁く母の声。開く。見える。麗しき記憶と懐かしき記憶が……  ずっとずっとこの歌を聞いていたい。空のゆりかごに乗って世界を揺らせば、きっとあの空に浮かぶ星だって、溢れ落ちてくるんじゃないか?  ほら、綺麗だ。星が弾けて空の道が出来る。天空に続く天の川だ……   ¨おいで……おいで……母の元に¨  お母さんが呼んでる、行かなくちゃ、みんなみんなお母さんが守ってくれる。こうやって天の道を昇れば天国だ、楽園だ。行きたい、行きたい。光の道の先が呼んでるんだ。  でも何か引っ掛かるんだ。すごく甘くて、夢のような世界なのに、別の誰かが呼んでる気がするんだ。何か大切な事を忘れたような……  そう、何かが自分に届くのだ。まるで天の川の先に行かせたくないかのように。    消えないで、死なないで、そんな消極的な意味な気がする。それと、なんか叫んでる。  そういえば自分の名前なんだっけ?   ま、いいか。その答えだってお母さんが知ってるんだから、ただただ昇ろう。でもなんでだろう、早足な自分は明らかに何かから逃げている。  何から?  知らない、考えるのはもうやめよう。 ¨いい子……いい子……¨ いつの間にか自分の足は急ぐかのように駆けだす。  下に広がるオレンジ色の雲海から、無限空間に続く天の橋立。早く、早く上に、上に行きたい! もう少し、もう少しで全てを忘れて……! ――戻って来てブライドっ!! その時自分の心臓が握り潰されそうな感覚に襲われる。なんだ、今のは耳から聞こえたのか、何処からか、痛い。 ¨オイデ……オイデ……¨   苦しさに空中で蹲るが、直ぐに上から歌声が響く。でも怖かった。このまま行ったら、何かが終わってしまいそうな気がして……  あぁ、天から手が伸びてきた。きっと自分を運びにきたんだ。そう、絡めて自分を連れていけ。 ……やめろ、離せ! やっぱり行きたくない! 名前が呼んでる! オレを呼んでるんだ! 離せぇぇぇぇえ!!!
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