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父が死んだ。
「本日は亡き父のために、お集まりいただきましてありがとうございます。本来ならば、喪主の母が挨拶する所ではございますが、この場を借りて父の偉大さを皆様にお伝えしたく思い、及ばずながら僕が挨拶をする運びとなりました」
時折、鼻を啜る音以外は立たない、しんと静まり返る葬祭式場にマイクを通した僕の声が響き渡る。
整然と並べられた椅子に空席など見当たらず、喪服に身を包んだ沢山の父の関係者が涙になき濡れた顔を僕に向けていた。
「ここにご参列された方々の中には、昔の父がどんな人間であったかご存知の方もいるでしょうか? 博打と野球が大好きで、煙草とお酒を手放すことがない奔放で頑固な人間でした」
僕は昔を懐かしむように一言一言、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「そんな父が、ある日を境に真逆の人間になってびっくりされた方もいるかと思います。口下手で、多くを語らない父のことですから、身近な人間にもその理由を明かさずにいたはずです」
照明の落とされた薄明かりの中、祭壇に灯された蝋燭の炎が視界の端で揺らめいていた。
僕は見るとはなしにそれを見ながら小さく一つ深呼吸した後、言葉を続ける。
「僕を見てください。この目を瞑ったままの右目に違和感を覚えた方も多いでしょう」
普段は下ろしている前髪を、右目が見やすいように今日は上げていた。
僕の言葉に従って、何対もの瞳が右目に集まるのを感じた。
「この右目こそ、父が変わった理由です。僕の右目は、父によって潰されました」
葬式の厳粛な雰囲気が、僕の言葉によってさらにぴんと張り詰まったのを感じた。
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