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男は目を細めて広がる人混みの方を無口で見詰めて居る。何か考えて居るかの様にも見えた。
「あのぉー‥‥」
男に何の為に私を読んだのか聞こうとした瞬間だった。バッグの中の携帯が、有木の着信音で鳴った。
いきなり鳴り出した有木からの携帯電話の着信音。焦って取り出した。片手に握った携帯を手に、目の前の男に一言。
「ちょっと待って下さい!」
と、投げやりに言って急いで有木からの電話に出る。
その瞬間。ほんの僅かな一瞬にして、有木からの着信音は切れてしまった。数秒の着信音に私の頭を過ぎった有木の行動――。
有木は、この時間帯に携帯を鳴らす彼氏では無かった。朝は私を起こす事に気遣いながら、いつも何が有っても携帯は鳴らした事等一度も無かった。
急用が有る時は、必ずメールを使い報告して来た。優しい気配り上手な紳士的な存在だったのだ。
目の前に居る男の存在さえも忘れ掛けて居た私を、男は下から覗く様に見て来た。
「何か有ったのですか?」
「切れてしまったみたい。所で、なんで」――。
又そこで、有木からの携帯の着信音が鳴り出した。
私は又『有木からの携帯が切られてしまう!』と、焦りながらも男に低く頭を下げて手の平で、ストップ!のジェスチャーをする。
気付いて居ないのか、歩き出す男の腕を何故か焦って掴みながら、私は男を無理矢理止めた。
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