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しかも男は朝から耐えない人混みの見える方を向いたままの状態。目を細め、人混みの状況を遠目で見て探る様に。現場を気にして話す口調だったのだ。
暫くして話が途切れ、男は私に携帯を黙って渡し空を仰ぐと、又人混みに目を向けて居た。
朝から訳が解らない。私の中では空回りの状態が続いて居る。何故か自然に男の視線に流されて、携帯さえも受け取らずボーっとして居た。
「おいっ!」
「あっ!はい‥‥」
「しっかりしろっ」
さっきの電話の後から男は、最初のイメージとは全く違う別人の様に、厳しい言葉と視線で訴え力強く無理矢理に、私に携帯を差し出した。
「もしもし」
私は有木からの電話に何故か、ぎこちない喋りで話し掛ける。
ぎこちない――。その理由すらも解らない。只、自分でも訳が解らないから仕方無いのだ。
「あ!もしもし?
貴方、南雲有木さんのお知り合いの方ですか?」
やっぱり――。電話の相手は有木とは全く違う別人の声だった。取り敢えず、男が話して居たらしき相手の質問に私は応えた。
「はい。一応、彼女ですが‥‥有木の携帯電話を拾って頂いたのでしょうか」
私は普通に、それしか頭に浮かばなかった。暫くの間が開いた。そして電話の相手は一言だけ、呟く様に返して来た。
「いえ‥」
電話の相手も又どこか、ぎこちない喋りで話を続ける。陽も完全に上がり始めて居た。暑い街角に影を探しながら、私は携帯を片手に相手の話に耳を傾ける。
「彼女さん、落ち着いて聞いて下さい‥‥。大丈夫ですか?」
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