一・出会い

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『放っておく事は出来ないのさ。そしたら姉ちゃん、その店の店主を殺しちまうだろう? 見過ごすわけにはいかないんだ』  ヘイバイは淡々とした口調で言い放ち、女性の足元まで歩を進める。その間も女性はヘイバイを見る事はなく、ただぼうっと揺れていた。 『あの人が悪いの、私を騙したりするから……』  女性は独り言のように小さな声でそう零すと、眼前の締め切られた赤いドアを睨み据える。周囲に霧に似た黒い何かが立ち込め、女性の体を包み始めた。 『少しばかり遅かったか――』  ヘイバイが苦々しげに眉間と鼻筋に皺を寄せる。艶のある白黒の毛を逆立て、吊り上がった鋭い獣の眼で女性の前に立った。 『許さないから……許さナいカラ……ユるさなイカら……ユルサナイカラ――――!』  女性の声は徐々に低くなり、地響きのように唸る。鳥の羽根のような粉雪が、女性の周囲に舞い落ちて蒸発した。 『ごめんよ姉ちゃん、オレが遅れたばっかりに――』  すでに声も届いていない事は分かっていたが、ヘイバイは頭を垂れる。しかしほんの数秒で顔を上げると、その金色の瞳は更に吊り上がり光を帯びていた。  女性は黒々とした霧に全身を包まれ、人間らしい色や形を失くしていく。頭部は角に似た突起が生え、腕も足も凹凸のある太いものに変わった。
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