一・出会い

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 その場に残されたのは小さなヘイバイだけ。他には何もない。  寂しげに呟かれた言葉を受け止める者は居なかった。  しかし次の瞬間。少し離れた場所で新雪を踏む足音が響く。足音は小さく耳を欹(そばだ)ててみれば、人間が歩く重苦しい音ではない。寧ろ軽やかで、軽快な歩調だった。 (同類か……?)  ヘイバイは取り敢えず傍にあった木箱の裏に身を隠し、足音の主が過ぎ去るのを待ってみる。  そしてふと、その対象が一つではない事に気付いた。  足音は二つ。歩調は似ているが微かに歩幅の違うものが、ヘイバイの隠れる木箱の前で停止した。 『誰か居るよ、かあちゃん』 『そうだねぇ。隠れてるみたいだけど、尾が出てますよ』  幼い、鈴が転がるようなソプラノの鳴き声と、穏やかなアルトの鳴き声がヘイバイを驚かせる。 『……自分のミスで見付かっちまうとは。オレも修業が足りないね』  先程女性と話していたのとは違う、本来猫がそうするようにヘイバイも鳴いてみせた。相手が人間なら言葉を使い、猫なら鳴く。  猫自身は会話していても、人間には解せぬそれをヘイバイも今使っていた。  自らの尾をひらひらと揺らしながら、身を隠していた木箱を後にする。出た先の暗闇に、二匹の猫が佇んでいた。  ヘイバイと大して変わらぬ大きさの日本猫。顎から腹、背の一部が雪のように真っ白だ。頭部と尾、背の大半は黒色と灰色の虎柄。  虎柄の部分には、ほんの少し白髪も見受けられる。
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