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行ってきます。
そう言ったところで、返事が来るわけでもない。俺は黙って家を出た。
毎朝の日課も、そろそろマンネリ気味だな。
駅のホームは、これから仕事に出掛ける人でいっぱいだ。
まるで働きアリのようだ。行列に何の疑問も持たず、餌のある場所へと向かう。
電車が駅に着く。
行き交う人の波に流され、電車に乗り込む寸前だった。
「あっ……」
どこからか、そんな声が聞こえた。
なぜかその声は、はっきりと耳に届いた。
「すいません!すいません!」
次は声のする方向がわかった。
俺の少し後ろの方だ。
振り返ると若い女性が、ホームに散らばった書類やら何やらを拾い集めている。
俺は何と無く、本当に何と無く。
人の波に逆らって、その若い女性に近付いた。
急ぐ人の群れはそれに見向きもせずに鉄の箱に収まり、それぞれの目的地へと向かう。
「大丈夫かい?」
自分がなぜこんなことを手伝うのか。あの電車に乗らなければ、遅刻確定なのだが。
「あ!ありがとうございます!」
俺はうつむいたまま、自分の気紛れさに呆れつつも書類を拾ってやった。
誰かの足跡がついてしまって、破れたものもある。
すべて拾い終わり、若い女性に書類を手渡す。
「都会にも、優しい人はいるんですね」
俺はこの時、はじめてマジマジとこの女性の顔を見たんだ。
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