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私はその紅いカクテルに、そっと口を付ける。
「あ……。甘酸っぱいな……。結構好きかも」
酒にチョコはナシだけど、グラニュー糖の微かな甘味はわりといいかも。
「キス・オブ・ファイア」
チョコを口に入れたのに、その表情は子供にならない。
「……って名前。一般的なキスのイメージ……なのかな」
さっきまでの、どこかゆるい口調がなくなっていた。急に変わったその口調に、少しだけ怖くなる。
「君の名前、なんだっけ?」
口元を手で隠したまま、真っ直ぐに私を見つめる。
「……春香」
目だけだと、感情が読めない。
ここで笑って『今さら聞くの?』って言えばよかった。今日は『おばさん』って言わないの?って茶化せばよかった。
「春香。俺のキスの味……試す?甘酸っぱいかどうか」
唇を隠していた手が、カウンターに置かれた。
私は思わず、自分の唇にそっと指をあてた。
何このB級的なセリフは。
酔っていても、そうそう口にしないだろうセリフ。酔っていっても、流されないだろう……笑えるぐらいくさいセリフ。
それなのに私は、笑って流す事ができないの。
純はカウンターの中。
私は席に座ったまま。
純だけが身を乗り出しても、その唇が触れる事はない。
余裕で逃げられるわよ?
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