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「今日は帰りたくないなぁ」
女は男の肩に軽くうなだれた。
「そんなこと言っていいのか?こんな男に。」
「こんな男って?冷静ね。結構カッコいいし、仕事だって出来る。女は落ち着いた男には弱いものよ?」
「そうだっけ?」
二人は笑ってそんな話をしながら、仲良く腕を組んで店を出た。
もちろん、向かう場所はホテルしかない。
タクシーをとめ、先に男が乗り、行き先を指定する。
女が乗ろうとすると、男は女の手を強くひいて、自分の近くに女の体を引き寄せた。
タクシーのドアが閉まり、車内は運転手とその男と女だけの密室になった。
男の左手は女の腰にまわり、女の右手は男の膝の上にある。
そして、その右手を男が握っている。
さっき出会ったばかりとは思えぬほど、二人の間は近い。
女は男の肩によりかかり、何かを要求する様に上目遣いで男を見つめる。
みつめられた男は、女の手を握っていた右手をはなし、女の頬に手をやると、自分の唇を女の唇に運んだ。
運転手がいることも気にせずに、二人は舌と舌を激しく絡ませた。
タクシーは、ホテルへは一本の細い道の入り口に止まった。
男が代金を払おうとすると、その手を抑え、女が、払うからという目で優しく男をみる。
「さっきはご馳走になったから。」
女は微笑みながら、男をみた。
二人は手をつなぎ、ホテルに入った。
空いている部屋は2つ。
料金の高い部屋とそこまででもない部屋。
男は少し迷ったが、1泊1万8千の高い部屋を選んだ。
見栄なのかプライドなのか…
エレベーターに乗り、2人は部屋まで待てずに2人だけの空間を楽しんだ。
部屋は夜景が見渡せる12階。
本来なら、わぁ綺麗とでも言って、女が窓に駆け寄るんだろうが、この女は違う。
「夜景も綺麗だし、男も上物だし、また飲み直したくなってきたわ。何か飲む?私はウイスキーでも飲もうかな。」
いつも男を振りまいていると言わんばかりの冷静な態度で、酒を用意している。
男はソファに座り、煙草をふかしながら、女にバーボンを頼んだ。
さっきまでの熱い2人とは裏腹に、とても冷めた関係になった。
冷めた大人になると、途方にくれる様なつまらない道を歩く男と女は、冷めた心を温めることもできず、ただ、体だけを求め合うようになる。
とても悲しい関係である。
愛が持てるなら、熱く、激しく交じり合いたい、本当はそんな風に思っているのかもしれない。
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