短編その壱:剥離

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昼。 ランニングを終え、シャワーで汗を流し、銃のメンテナンスをし、それを手に取り最上階へ。 毎日変わらぬスケジュール。 最上階――5階の廊下の奥、窓のない銀色の扉。 足音を立てないようにその扉まで近づき、ノブをひねりそれを開く。 中には既に3人のインコンプリートと、教官が立っていた。 ――インコンプリート(未完成)。 そう、俺たちを指し示す言葉だ。 俺はさっとその三人の横に並ぶと、俺たちの目の前に立つ教官へ視線を向ける。 「全員揃ったな。では、最後の訓練を始めよう」 全員。 つまり、6人だったインコンプリートは、4人へ減ったと言うこと。 また2人、脱落した。 銃の射撃訓練で成績を落としたのか? 教官との面接訓練で相手の嘘を見破れなかったのか? 拷問訓練で拉致された人を誤って殺してしまったのか? それとも、日常生活の中で、必要以上に足音を立ててしまったのか? ……考えられる理由は幾つもある。 射撃訓練はこの時期になれば百発百中は当然、撃つスピードも、撃ってから次の動作に移る俊敏さも、その全てを完璧にこなさなければアウトだ。 面接訓練では、相手の動作、口調、そして話の流れ。 その全てを頭の中で情報として整理し、何が嘘で何が本当か、正確に見極めなければならない。 そして、それを行うには、自らも話術に長けている必要がある。 拷問訓練は、相手を殺してしまっては本末転倒。 最大限の苦痛と最大限の恐怖を与えつつ、相手は殺さない。 そして、それを行うことに躊躇いを持ってはいけない。 大切なのは自分の命だけ。 尊いのも自分の命だけ。 それを忘れてはならない。 そして普段の生活では、出来る限り自分の存在を悟られるような行動はしてはならない。 足音を消すのは当然。 気配も完全に絶ち、何者にも自分の居場所を知られないようにしなくてはならない。 基本にして最重要。 俺たちは『存在しないもの』。 存在が社会に漏れぬよう、俺たちは本当に『存在しないもの』でなくてはならないのだから。
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