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海渡麻里の劇団、愚人社の芝居は大変素晴らしい物だった
前回のサスペンスモノと打って変わって非常に悲しいラブストーリー
作、演出も手掛けた海渡麻里は主人公の一人、不治の病で半年の命しかない孤独な女性役だった
彼女が『生きたい』と台詞を言う度、熱いモノが込み上げてきた
周りの人々も泣いていたが、俺は号泣していた
その涙が、その芝居を見たからなのか、それとも、それ以外の涙かは、分からなかった
…芝居が終わり、カーテンコール 舞台挨拶を海渡麻里が華麗に占めて舞台袖に消える 巻き起こるアンコール スタンダップオベーション
芝居初日は最高の幕を迎える事が出来た
『…帰ろう』
素晴らしい芝居だった
だからこそ、ここにはいたくなかった
しかし、こっそり帰るなんて事を海渡麻里が許してくれる訳はなかった
入り口前で、まるで待ち構えるかのように海渡麻里が立っていた
「やあ、どうだった、私達の芝居は」
「…よかったですよ、お世辞じゃなくて、ホントに」
「にしては顔が冴えないなあ。…まあ良い、これからどこかに出掛けるのかね?」
「いや、特には…」
「なら一緒に昼ご飯を食べないか?芝居初回を終え、観客の目で見た意見を聞きたいのだ。午後の部からの舞台で参考にしたいのだよ」
「いや、俺、素人だし…お断りします」
「観客は皆、素人だよ。…頼むよ、お願いだ」
『…NOと言える日本人になりたい』
「わかりましたよ、でも、たいした事、言えませんよ」
「そうか!ありがとう」
一瞬、海渡麻里の微笑みにドキッとした
「では、メイクを落としてくるので、待っててくれ」
急ぎ足で楽屋に海渡麻里が消えて行った
俺は少し落胆気味に、ただ立ち尽くしていた
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