第一声

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そこには誰も居ない。   父親も母親も兄も姉も弟も妹も、誰も居ない。   居るのは、ただ一匹。   「よぅ、お帰り。遅かったじゃねぇか、捻くれ坊主。」   そう、ただ一匹。   真っ黒な体に金色の瞳の   ……猫。   「誰が捻くれだ、クソ猫。ちったぁ黙りやがれ。」   真っ黒な猫に怜は話し掛ける。   その眉間にはしっかりと深い皺が刻まれていて、半袖から伸びる腕は鳥肌がたっている。   「俺にゃあ、シーナっつー立派な名前がある。クソ猫なんて呼び方今度したら、てめぇの足下に体擦りつけるぞ。」   ふー、と言いながら黒猫…否、シーナは毛を逆立てさせた。   それを見ながら怜は体を擦りながらもニヤリと笑んだ。   「じゃあ俺の母親がそうしてたように、シーたん、て呼んでやろうか、クソ猫ぉ?」   「貴様ぁ……っ!」   爪を立てたシーナを背に怜は自室へと向かった。   その顔には先程までの明るさは無く、ただただ暗い影が差していた。   それに気付いたシーナは深追いする事は無く、そこに伏せて考え事を始めた。     シーナも怜と同じように人間の言葉が分かる特別な猫だ。   怜曰く、人間の言葉が分かる猫はシーナ以外見た事が無いらしい。   シーナは怜とは違い人間が寄ってくる事は無く、生まれた時から人間に妨げられてきた。   石を投げ、蹴られながらも生き延びる為に這いずりながら食べ物を探す日々。   そんな時、間宮夫婦、怜の両親に会った。
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