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「ごめんね。素直になれなくて。でもね、それが私」
驚くほど思ったままに言葉が出る。まるで、心と口が繋がっているみたいに。
「あなたにはもっといい子が似合う。
私がいたら、チャンス逃しちゃうからね」
腰から腕を離し、その胸を押す。慶太もゆっくりと腕を解いていく。
「だから……別れましょ」
慶太は顔を伏せたまま言葉を発しない。
風が吹き、枯れ葉が辺りに舞う。
「僕は……今でも覚えてる。夏の花火の打ち上がる河原で、明日香に告白した時の事……」
そう言って上げられた顔は、悲しみに満ち溢れていた。
そう……あの時と……。
教室で一人、涙を流していた時と同じ表情。
「明日香は、僕が初めて素直になれた人なんだ!
一緒にいると楽しくて、心地いい。
……この気持ちは、恋じゃないの?」
悲痛な叫び。
やっぱりそうだ。私達はよく似ている。
ただ、慶太が少し成長していただけ。
少し素直になっていただけ。
けどそれは、埋めようのない差。
どうしようもなく、私を苦しめる小さな差。
「違う……」
同じ気持ちだったのに、口から出るのは否定の言葉。
「私達の感情は、夏の幻。
……恋じゃなかったのよ」
もう、慶太も目を見開く事しか出来なかった。
そんな顔しないで。私達の為なんだから……。
「ごめん……」
すれ違い様にそう言って、ただひたすらに走った。
冷たい風が刺すように吹いて痛かった。
けど……それだけじゃない。
この痛みは、大切なものを失った代償なんだ。
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