9.日々の苦悩にて

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 今まで女性を見ても何もする気が起こらなかったのに雪弥だけは違う。  指先に絡まる髪の毛の一本から彼女自身の全てが堪らなく欲しくなる。  鼻先を掠めて肺の奥まで届く雪弥の香りは理性を狂わせかねなかった。  ただ、静かな空間で雪弥が呼吸(いき)をするだけなのに感覚器官がそれを追う。  正面に座り微笑するだけで幾つも心拍数が上がり体を熱が駆け巡る。 「すっごい難しい顔してるけど……どうしたの?」  心配そうに正面から雪弥が自分を覗き込んだ時にドクンッ、と一つだけ大きく跳ねた。    床の冷たさが感じられないくらいにほてる体は言う事を聞いてくれない。向き合う距離を詰めたくなる……。  生乾きの後頭部に入り込む指に力が入る。  力の限りに引き寄せると息が当たるほどに近付く顔は細部まで綺麗だ。 「ぇ……ぅわぁっ!」  ゴスッ、と下からすさまじい音が聞こえて蓮は我に帰る。  バランスを失った雪弥が額の痛みに床上でうずくまりもがいていた。 「あーっ! すみませんっ!」  相当な鈍い音に蓮も額が痛くなって来た。  頭を抱えて旋回する雪弥に蓮は気の毒になる。
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