9.日々の苦悩にて

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「わざとじゃないでしょ? それなら良いよ」  体を離して見た雪弥の額はほんのり赤く色付いていた。  自分に気を使って痛みを堪えて微笑みを向ける雪弥がさらに愛おしい……。 「ひゃぁわっ!」  チュッ、と傷口に唇を添えると雪弥は体全体を跳ね上げさせた。  そこからは微量ながら鉄の味がした。 「早く治りますように……」 「な、なんか…………」  熱くなった雪弥はポツリ、と言った。 「お父さんみたい……」  良い意味でも悪い意味でも老けて見える、という意味なのか……?  何気ない雪弥の一言に蓮は軽くショックを受けた。 「そ、そんなに老けて見えますかね……僕は」 「ち、違うっ! 蓮さんは若いし、カッコイイし、大人だし、大好きだよっ?!」  正面からのダイレクトアタックはかなり効いた。 「っそれは……ありがとうございます……」  思わぬ形で雪弥の気持ちと自分への印象を暴露された蓮はおおいに照れた。  あまりに威力のある台詞にしばらく言葉が見つからない。 「あの……何と言ったらよいか……」 「わ、私こそ言いたかった事は……。つまり私って親の居ない期間が長くて、それで、こう……年上の人が近くに居なくて……、構ってもらえるのが……嬉しくて……。単純に頭を撫でてくれたり、心配してくれるのがすっごく嬉しくて……。なんか、夫婦も家族だけど、蓮さんと居ると違う形の家族像が見えてきちゃったの。『傷口は舐めれば治る』って考え方が“父親”っぽい、っていうか、何て言うか……」  必死に弁解する姿に蓮は負けてしまった。細かい事などどうでもよくなってしまう。
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