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出逢いは、ありふれた日常の中に溶け込んでいた。
十七時を過ぎた大学の食堂は、これから講義を受ける学生たちで溢れていた。とは言ってもその人数は三分の一と少なく、昼に比べれば物寂しい印象を与えていた。
「ここ、いいですか?」
「どうぞ」
木崎冬子(キザキ トウコ)は、これから食事をする彼の為に、つけたばかりの煙草を灰皿に押しつけた。
「煙草、いいんですか?」
返事もせずに、冬子は窓の外を眺めた。
彼は口元にふわりと笑みを浮かべ、食事にありつく。
音も立てず、上品に食事をする姿を横目に、冬子は、空席が目立つにも関わらず、何故、向かいの席に座ったのか考えていた。
視線だけが動いた。
ジロジロと見てしまっては気を悪くするだろうと、気づかれないように視線を落とす。
バスの時間まで三十分以上あった。
席を移ろうかと思ったが、自意識過剰だと思われては、こっちの気分が悪いと、冬子は口を閉ざし、時が過ぎるのを待った。
「あの……」
声がして目を向けると、彼は柔らかな笑みを冬子に向けていた。
「食べ終わりましたから、煙草、どうぞ。気を遣っていただいて、ありがとうございました」
「いいえ」
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