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心中に思っていたことが声になっていたことに気づいて、冬子は目を逸らした。
「食堂でね……」
「出逢い、あったの?」
「いや、出逢いですらない」
嫌悪の表情で冬子は低く答えた。
あれは、ありふれた日常に溶け込んだものだったけれど、決してまともな出逢いではなかった。
南里は、講義が終わったあとまっすぐバイトに行ってしまうから、夜間生が来る時間帯の食堂を知らない。
興味津々に詰め寄る南里に、事の状況を話す気はない。
正確には、まだ話す段階ではない、だ。
「出逢いですらないって、それだけじゃわかんない」
「わかんなくて結構。ほれ、バイトだろ。行った行った」
シッシッ……と、南里を手で追い払い、冬子は立ち上がった。
「冬子、話せる時が来たら、報告くらいしてね」
冬子の肩を叩き、南里は時計に目を向けると走り出した。
「呑気な……」
無意識に零れる溜め息は、もう何度目かわからない。
向かう先は――決め兼ねている。
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