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俯いて、どうか何事もなく時間が過ぎますようにと願う。
そう思った時、芝生を擦る足音が聞こえて、冬子はそこに目を向けた。
「暗がりに女性独りとは感心しませんね」
「何の用だ」
一番会いたくない男の登場に、冬子は不快な表情を作り背を向けた。
毎日バスを待つ冬子の前に現れて、傍にいるだけの男。
会話のキャッチボールすら成立しない間柄。
何の意図があって近づいてきたのか全く読めず、冬子の苛々は募る一方だった。
「好印象で挨拶した筈なんですが、お気に召さなかったようですね」
「何の用だ」
問いかけに答えない千優を睨み上げて、冬子は強い口調で言い放った。
「あの、助けに来たんですが……そんなに睨まないで下さい」
「助け!? 何の」
「しっ……あまり大きな声は出さないで下さい」
的を得ない千優の言葉に、冬子の表情は一層険しくなった。
口許に指を当てた千優の仕種に、場所を変えようと立ち上がった。
「今だけ、俺に合わせて下さい」
「断る」
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