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お玉が部屋の戸を開けると、いつも姉女郎の座っている座布団の上に三毛猫がいた。
きっと姉女郎が置いていったのだろう。猫の上には暖かそうな辛子色の羽織がかけてある。
「猫はえぇのぅ。寝てばっかりで唄の稽古も琴の稽古も無い」
お玉の言葉を聞いてはいるのか、寝そべったまま耳だけがこちらを向く。
しかしそれ以上何の動きも見せない猫に「なんと物臭な」と、お玉は呆れて鼻をフンと鳴らした。
「これ、何を馬鹿な事を言っておる。猫だって生きるのに必死じゃ」
不意に後ろから掛けられた声にバネ仕掛けの人形のように振り替えると、袖で笑った口元を隠した姉女郎が立っていた。
「薄雲ねぇさん」
お玉の姉女郎の薄雲は、今年で齢二十二の美しい女である。
まだ十二のお玉の片手で絞め殺すことの出来そうな細い首の上に、これまた小さい顔が乗っかっている。切れ長の奥二重の目に、桜色のふっくらとした頬。赤い紅を差した口元の黒子がどうにも色っぽい。
お玉はこの十ばかり歳上の、気立ての良い博識な姉女郎がとても好きであった。
太夫の位であることも納得のいく話で、皆に認められているのだと思うと鼻も高い。稽古仲間に自慢することも少なくなく、「ほんに、お玉はねぇさんの事大好きやなぁ」と笑われたことも一度や二度の話では無かった。
「そりゃ、野良の猫はそうかもしれんけど……タマは餌も貰うとる。寒ぅないよう、ねぇさんお手製の服まで着ておる。なんもしとらんのに」
妙に子供っぽい言葉遣いが恥ずかしくはあったけれど、優しく頭を撫でてくれる薄雲に素直に心の内を明かした。
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