【手紙】

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   丸めた原稿で肩を叩きながら、杜崎 夏秧(モリサキ カナ)が年期の入った迫力顔で黒川を見下ろした。 「あぁ、もう時間か……」  窓際の時計は14時を指していた。  今日は、北海道の支店から本社に異動してくる男を迎えに行く日だ。  仕事をして考え事をしているうちに、こんなに時間が経っていたのかと、黒川は席を立った。 「クロ、今日はゆっくりして来ていいぞ」 「いつもすみません…、お言葉に甘えさせていただきます」  いつもは眉間にシワを寄せ、怒ったような表情でいる黒川も、夏秧にはずっと世話になっている手前、頭が上がらない。  高校卒業と同時に入社してからずっと、黒川の成長を見守ってきた夏秧は、身近で一番黒川を理解している存在と言える。  黒川の抱えている事情を知っていることもあり、毎月中頃には必ず外へ出る時間をくれるのだ。  夏秧に頭を下げると、黒川は異動初日の説明も兼ねて数枚の資料を鞄に詰めて会社を出た。
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