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司令室を出た藤堂は菜々をあやしていた。
それはいつもの光景であるが、今日は少し様子が違っていた。
「む~」
「菜々、どうして言うことを聞かないんだ」
「菜々だけ仲間外れにしてる。ずる~い!」
「お前は何もしなくていい。自分の部屋で待っているんだ」
「やだ!」
「仕事が終わったらすぐに迎えに来るから」
「い~や~だ!」
菜々の甘えん坊ぶりはいつものことであるが、今日に限っていつも以上に一人でいることを嫌がり、決して藤堂の手を離そうとしなかった。
今日がいつもと違うということを感じ取ったのかもしれない。
「菜々!!」
「菜々を一人にしないで! 一人は嫌!」
その小さな手が藤堂の腕を掴む力はとても強く、そして意思は固かった。
それはもうただのわがままなどではなく、これまで通り彼の側にいたいという小さな願いだった。
どこまでも手が焼けるが、菜々をそのようにしてしまったのは自分である。
たとえ一人になっても生き抜いて欲しいと一度は思ったが、それでは無責任過ぎるのではないか。
これからもこの少女の側にいてやるべきなのだ。
「菜々、必ず戻ってくる。お前を一人にはしない」
「本当?」
「本当だ。だから迎えに来るまで絶対に自分の部屋から出ずに待っているんだ」
「約束だよ?」
菜々は不安そうに小指を出し、指切りをしようとする。
菜々の不安を少しでも取り除く為に藤堂も小指を出そうとするが、躊躇してしまう。
菜々が小指を立てているのは右手。
指切りをするには藤堂も右手の小指を立てなければならないが、それでは右手で菜々に触れてしまうことになる。
これまで藤堂は菜々だけは赤く血まみれの、そして黒い陰謀に巻き込みたくないという思いから、血を浴び続けたこの朱い右腕で菜々に触れることだけは絶対に避けてきた。
その小さな手を繋ぐのはいつも左手だった。
だから右手の小指に菜々の小指が絡められたとき、藤堂は動揺を隠せずその手を払いのけようとしたのだが、満面の笑みで嬉しそうにしながら指切りをする菜々を見て思いとどまる。
たとえどんなに自分の右腕が血塗られていても、菜々は変わらない。
藤堂は肩まで伸びている髪を二つに分け、一旦畳み込んでから頭の両脇でピン止めされた独特な髪型をしている菜々の頭を、初めて右手で撫でた。
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