8人が本棚に入れています
本棚に追加
「…それは“神様”に言われたから、とかじゃなくてという意味ですか?」
頷く彼女を見て、考えをまとめるようにゆっくりと長い息を吐き出した。
何故、と聞かれれば少し困る。
「確かに、“誰かに言われたからやる”のは僕としても嫌ですしね」
「うん。ほら、遼とかもそういうの嫌がりそうじゃん?」
「嫌がりそうっていうかその通りだと思いますよ」
「やっぱり?」
「ええ。…僕はこれと言った理由はありません。今のところは」
そう。今のところは。
その微妙な言い回しに気付いた和泉が軽く首を傾げた。
「今のところって?」
「理由なんてそのうち見つかりますよ。ただ、強いて言えば僕は西に確かめたい事があるんです」
「ふーん」
それが何かは聞かずに和泉は天井を仰いだ。
濃紺の長い髪がばさりと彼女の華奢な肩を滑り落ちる。
話してくれるのなら聞くけど、話したくないのなら言わなくてもいい。
そういう時の和泉の体勢がこれだ。
決して長いとは言えないが、短いとも言えない期間がそれを教えてくれた。
「西にはある言い伝えがあるんです。それを確かめたくて。ただの興味本意ですが」
だからもの凄く気になるわけでもなく、曖昧なものだから、“今のところは”だ。
苦笑すると彼女は少しだけ口を尖らせ、「いいなぁ」と呟いた。
他に誰もいないこの部屋で、それを聞き逃す事はなかった。
「何がです?」
「私は、理由がないから」
とりあえず今は西に向かっているだけ。
西に向かえば元の世界に戻れると言っていたが、和泉はそれほど戻りたいとは思っていないようだった。
「意味のない毎日に戻るなんてまっぴら。こっちの方がずっと楽しいし。でもそうなったら西に向かう意味がない」
最初のコメントを投稿しよう!