みにくい眼

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昔は、疱瘡にかかったら、疱瘡神がきらうといわれる赤い布で膿汁をふきとりながら、神や仏にいのるほかなかった。 梵天丸の疱瘡も重かった。両親の祈りと家来たちの祈り、乳母喜多の必死の看病によって一命はとりとめたが、疱瘡の毒が目にまわって右目が見えなくなった。そればかりではない。眼球がはれてせりだしてきて飛びだし、ぶらさがったのだ。左目で見ようとすれば、鼻のむこうに、ぼんやりと見ることができた。 梵天丸が床の上に起きられるようになったのは、米沢盆地に秋の気配が感じられるようになったころであった。
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