一番手 レッド・シグナル

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「…よりによって頂上の欅か。あの場所だけは、魔獣に踏み荒らされたくはなかったんだがな…」 冑の下の表情は窺えないが、静かに吐き出される吐息はひどく物寂しげでしんみりとしており、恐らく昔を懐かしんでいるのだろう。ネイアドも僕と同じく、あそこへ通い詰めている一人だった。 彼は体格こそ大柄で皆とは違い如何にも鈍重で息苦しそうな全身甲冑に身を包んでいるが、冑の下にあるのは穏やかな優しい笑顔だ。落ち着いた草色の髪も彼に似合っていると思う。 しかし、今回ばかりはネイアドの声音も浮かない様子だ。もっとも、僕とて全く同じ気持ちだが。 あの欅の麓には、魔獣討伐によって殉死した隊員達の慰霊碑があるのだ。クリスの名もハインツの名も刻まれている。 それだけでもない。 この山の西側一帯は、この国でも最大の規模を誇る巨大霊園なのだ。敷地内に立ち並ぶ慰霊碑や墓標の数は、恐らく千を越えるのではないだろうか。 つまり、である。 わざわざこんな場所を選んで巣食った以上、今回の魔獣が何を仕掛けてくるのかは…正直あまり考えたくはないが想像もつく。 そうなれば、今回の主力は… 「……くぁー。眠ィ…」 アクアという事になるのだが、当の本人は気を引き締めるどころか緊張感もなく欠伸などしている。 鮮やかな赤毛に、若干幼さの抜けきれていない垂れ目。実際、僕とは一回りも違うらしいしまだ少年なんだが、では何故この場にいるのかと言えば、彼は火の魔法においては大人も顔負けの威力を誇るのである。 もっとも、その魔法はこの世界に広く浸透している七色信仰では禁忌として異端視されているのだが…隊長が許可した以上は、立派な僕らの仲間だ。 当然異議も多くあがったが、僕が彼を認める理由はそれだけで充分だ。 とはいえ、やはり身体能力ではまだまだ子供、戦闘時には時折危なっかしい局面も事実あった。 だがしかし、こんな小さな国では卓越した魔法の使い手などは稀である為、やはり子供であっても貴重な戦力として期待を寄せざるを得ないのだ。
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